昨年の7月末、山形県を襲った集中豪雨は凄まじい爪痕を残し、ここ朝日連峰の長井から祝瓶山荘に至る野川林道をズタズタに寸断した。飯豊、朝日のほかの山域でも同様の被害が続出したがおおむね1〜2ヶ月で改修されたが、ここだけは年内中の復旧が見送られ、ようやく1年以上たった今年の8月13日開通に漕ぎ付けた。
木地山ダムに至る深い野川渓谷は鋭くV字にえぐられており、その側壁にへばり付いた様なか細い林道が長い間連続し、車の運転だけでいい加減疲れてしまいそうな難所。今から45年前にこの奥に木地山ダムが作られたが、よくぞ作り上げたものだと関心してしまう。
この山は朝日連峰の前衛峰でしかも1500mにも満たないピークだが、私は朝日連峰の中でもこの祝瓶山はお気に入りの山で、特に木地山ダムの湖上に聳え立つスラブで磨かれた南東面のピラミダルな山容の素晴らしさに惚れ込んでいる。この山は東西南北、何処から見ても祝瓶山とすぐ認識できる山容で、しかも何れの方角から見ても見劣りのしない秀麗な山である所が素晴らしい。かれこれ10回近く訪れているがここ祝瓶山荘からは25年ぶりで、ヌルミ沢遡行は3度目となる。
【天候】 晴れ
【コースタイム】祝瓶山荘7:00〜ヌルミ沢出合8:00〜雪渓通過10:20〜大滝通過11:45〜登山道12:55〜山頂13:30〜1:55祝瓶山荘16:00
【メンバー】 荒井 坂野
早朝に長井を通過して木地山方面を目指すと回りの景観は一変する。木地山ダムの下流に古い管野ダムがあるが、湖底が土砂で埋まってきたのでこのダムをすっかり沈めてしまい、下流にその規模をはるかに上回る巨大な長井ダムを作り上げようとしている。25年前の面影など何処にも無く、山の高い斜面に道路、橋、トンネルが建設され、谷底には大規模なダム本体、大型重機、建設資材で溢れている。しかしダムが出来てもその将来はどうなのか?私達の孫、ひ孫の時代にはいったいどうなっているのか?考えると人間の力の及ばない恐ろしい物を感じる。
野川林道は今や簡易舗装になったとはいえ、崖っぷちを這うようにしてクネクネ進んでゆくのはやはり疲れる。ようやく到着した祝瓶山荘には車も無く人影は見当たらない。ここでガチャ類を身につけて桑住平方面に歩いて行くと車が1台有り、吊り橋のところで釣師1名に会う。話を聞くと形は小さいと言いながら、少し自慢げに大きなビクの中を見せてくれたら20〜25cmほどの岩魚が5〜6匹。流石に1年ほど釣師が入っていなかった為か、イナゴを餌に半ば入れ食い状態かと想像される。それにしても別に家に持ち帰らなくても良さそうなのだが。岩魚ってそんなに高級魚で唸るほど美味い魚ですかね?
桑住平の分岐を通り過ぎると目的のヌルミ沢に入るが、出合から藪沢でせっかく忍ばせてきたテンカラ竿の出番は全く無い。釣はすっかり諦めて先頭を行く相方の後を追ってゆくと、やがて5mの最初の滝が出てきて左岸を直登するが、どうも調子の出ない私はさっさと高巻で越してゆく。徐々に高度を上げるに従い沢の両岸は狭まり、5〜8mの滝が連続して出てくる。25年前の記憶などは実にいい加減な物で、かつて余り苦労した覚えが無くても実際登って見ると結構厄介な滝が続く。
水量が少なければフリクションでグイグイ登れそうだが、昨夜降った雨で沢は増水しており流心付近では水流に押されて登りにくい。更に続くチョックストーン滝ではお助けヒモを出してもらって乗り越すが、折れて錆びたRCCボルトと古ぼけたシュリンゲが時代の古さを物語っている。どうやら最近この沢を登った様子は何処にも見られない。以前は地元山岳会の方が多く朝日の沢で活躍されていた様だが、今となっては遠い過去の話になってしまったのか少し寂しい気がする。
上部に雪渓が見えてきた頃の10m滝はロープを出して右岸から登り、トラバースして簡単に滝の上に立つ。狭いV字の谷に食い込んだようなルンゼを詰めて上部を目指すと、再び視界が広がり連続する滝を快適に乗り越えてゆく。すると視界に飛び込んで来たのは様相外に大きい雪渓と、つい最近大きく崩壊したばかりと思えるブロックの山であった。東面に位置するこのヌルミ沢でかつてこの時期に雪渓を見た記憶は無く、今シーズンの雪の多さを物語る一コマでもある。前方を確認するとさすがに朝日連峰の沢を象徴ようなアーチ型の雪渓で、殆ど融けかかっていて何時崩壊してもおかしくない様に思える。
一旦雪渓の前で小休止として雪渓の抜け道を探し出そうとするが、両岸は急峻な泥付きの厄介なスラブで上部は急な草付きとなり、とても高巻いて逃げるルートには思えない。時々ブロックが再崩壊する鈍い音が鳴り響き、しかも沢は崩壊したブロックで埋まっており、のんきに歩いて渡る程の度胸も無い。しばらく考えてからの結論は一つ目の雪渓右岸沿いにロープを伸ばし、上部の2つ目の雪渓は状況次第でくぐって通過するルートとする。
右岸の泥つきのスラブを斜上して30mほどでピッチを切り、気の進まぬ相方をよそに崩壊したブロックを乗り越えて二つ目の雪渓の直下に達する。ここでロープを素早く解いて回収し、ビビル気持ちを抑えてこれまた今にも崩壊しそうな上部雪渓の直下を急いで潜り抜ける。
ようやく一息ついて小休止とするがどうも昔の記憶があいまいで、そろそろ出てきそうな大滝がなかなか出てこない。しばらく高度を上げると両岸は少しづつ狭まって窮屈な登りが多くなるが、やがて見覚えのある大滝の下に到着し、全体を見て右岸のルートを覗う。大滝は25mほどの滝が2段になっており、左手のコナーから2ピッチ半で突破した事を思い出した。
荒井君がトップでロープを延ばし、忠実にルンゼを詰めるが水量が多くすぐ行き詰まってしまい、ハーケン2本で真ん中のカンテ上のルートを直上してピッチを切る。ツルベで更に2段目にロープを延ばして滝の出口でピッチを切り、最後はヌルヌルした狭いルンゼを乗り越えて草付きをよじ登ると終了。ここから先は急にルンゼが狭まり水量も乏しくなる。途中の窮屈なルンゼは強引なチムニー登りで越えた後、ラストの私はおもむろにユマールを取り出して楽勝気分で登らせてもらう。
この先は狭いガレが続いてどんどん高度を上げるが、何ししろ2ヶ月ぶりの山行は息も絶え絶えの状態でトップとの差は開くばかり。予想外のタイムオーバーで1100m地点で直上を諦め、左手の登山道方面に続くブッシュをしばらく詰めて行くと1250mで突然登山道に飛び出す。以前は直上ルートを辿って上部スラブ帯を登ったが、今やそのようなパワーは何処にも無く、重い体を引きずる様にヘロヘロ状態で頂上を目指す。もしスラブを直上して更に頂上岩壁を突破するとなると、あと2〜3時間位は掛かりそうで我々にはとても無理な話。
山頂付近の登山道は最近誰も登っていないせいか荒れており、急な岩場混じりのコースはブッシュで不明瞭な個所もあり登りにくい。鎖場も取り外されているので、一般道とはいえ登山者には難行苦行を強いる辛い修行の様子。登りはまだしも下りとなると滑落の危険性も有り、視界が効かないとルートを見失って急なルンゼに迷い込む事も有り得る。
祝瓶山頂には誰も居なかったが、やがて3人の男女パーティーがやって来た。 盛岡を今日4:00AMに出発してやって来た方々だが余り疲れた様子も無く、間も無く五味沢を目指して元気に下っていった。山頂からの下りはフェルトワラジを脱いでスパイク地下足袋となり、快適な下り約2時間で祝瓶山荘に帰着した。やはり下りのスパイク地下足袋は心強い味方。
名高い朝日連峰の沢登りコースとしては極めて短い沢だが、小粒でピリ辛な沢登りを楽しみたい向きにはお勧めのコースです。もっと水量が少く雪渓が無くなっていればスピードアップし、上部のスラブ、岩壁を完全トレース出来るような気もするが、私はとうの昔にそのエネルギーと気力を失っていた。
祝瓶山荘〜ヌルミ沢〜祝瓶山 MAP
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