黒伏山南壁ダイレクトルート冬季初登攀
平成4年12月30日〜平成5年1月3日
CL 遠藤 (41歳)
SL 大石 (23歳)
遊佐 (30歳)
坂野 (39歳)
7P目、核心部のミックス壁を登る。
垂壁の向こう側からザイルフイックスのコールがかかる。慎重にユマールをセットして最後の1ピッチでザックを担いでユマーリングを始める。A1のボルトラダーを越すと壁の傾斜は落ちて雪のバンドへと続く。ユマールを握り締め、フィックスザイルに導かれるままブッシュを登ると、その先にもうこれ以上高い所はなかった。
ダイレクトルートに取り付いて15P目。12月30日12:00AMに壁に取り付いてから5日目、実に4ビバーク、時間にして63時間を要しての完登であった。視界は100m程でピナクルから下は残念ながら何も見えない。ピークに立つと北面から雪混じりの風が我々に吹き付けて霙交じりの雪に変わりつつあり、天候は明らかに悪化してきている。
3:15PM下降開始。当初は頂上稜線でのビバークも考えたが、時間的にはだいぶ余裕を持って下降開始が出来たようで全員が安堵する。苦労して勝ち取ったピークだがもう頂上には用がない。写真をとるとすぐさまザイルをセットして、登ってきたダイレクトルートをアプザイレンで下降に取り掛かる。
12月30日 (曇りのち雪)
昨夜遠藤宅でのすき焼き宴会の酒が抜けきらないまま、大汗をかきながら南壁取り付点へのアプローチを急ぐ。キビタケの池付近にザイル、ガソリン等を予めデポしてあるのでザックの中身は軽いはずだがかなり堪える。ルートは夏道とは異なり林道のトンネル上部から沢を渡渉して、傾斜の緩やかな沢の支流をワカンをつけてラッセルする。先頭は今回わざわざ一人でサポートを引き受けていただいた板坂氏。この先板坂氏には下山時まで大変お世話になってしまった。
キビタキの池に着くと南壁は頭上に大きく立ちはだかる。雲の切れ目から太陽の光が差し込み、南壁は白くまぶしく輝き我々を圧倒するような大迫力を感じる。雪は昨年より多いということだが、気温が比較的高い割には心配された塵雪崩も少なく、壁は静まり返っていた。キビタキの池でガチャを身に付け、デポ品をザックに詰め込んで取り付き点に急ぐ。比較的に雪壁は良く締まっており、赤いハング下の取り付き点までは楽に行けた。
ダイレクトルート取り付き地点 2mほど張り出した赤い大ハング
(1P目 遊佐)
トップバッターの遊佐はブッシュ交じりのミックス壁を赤いハングを目指して直上。途中2本の残置ハーケンでランニングビレーを取りながら右上し、最後は大きな木を目指して雪壁を直上してピッチをきる。出だしとしてはかなり好調なペースで、ザックは4個とも荷上をしてハングしたのテラスに終結。
(2P目 大石)
ここからダイレクトルート下部の核心部。心配されたハングしたのツララも少なく雪も全く付いていない為、トップはアイゼンをつけないで取り付く。小ハング上で2本目のハーケンが抜けて一瞬ヒヤッとするが、幸いにもフィフィを架けていた下のハーケンにぶら下がり事なきを得た。途中アブミを落としてしまうが、下で回収してザイルでトップに送る。トップはいつの間にか素手になってハングと格闘していた。2.5mの庇状大ハングは垂壁から庇に移る所のハーケンの間隔が遠く、体が大きく振られてしまいバランスを崩しやすく、アブミの回収も厄介である。トップが庇の向こう側に姿を消してしばらく経つとビレイ解除のコールがかかった。ハングから垂れ下がったザイルは我々のいるテラスより1.5m程テラスより外に垂れ下がっていて、ハングの大きさを物語っている。
今日はここで時間切れとなる。ハング下の雪壁は広く整理され、4人が楽に横になれるテント場並みの大スペースとなる。壁の中のビバーク地としてはこれ以上に快適なテラスは考えられない程すばらしい。ツェルトに入ると早速カニ鍋つくりに取り掛かる。豊富な野菜とカニ、エビ。豊富な食糧、ガソリン、そしてウィスキー。ほろ酔い加減でシュラフにもぐりこむ頃にはツェルトに雪が積もっていた。
12月31日(曇りのち雪)
5:00AM起床。あまりに快適なビバークサイトのためか、初日から起きるのが遅れてしまった。冬の岩壁では起きてから出発するまで2時間以上かかってしまう。先は長いのでまあいいかという気分でゆっくり準備をすすめる。昨日ハング下までフイックスしたザイルにユマールをセットして、空中ユマーリングしながら登る。遊佐はラストをユマーリングしながら自己確保し、ランニングビレーを回収しながら登るがハング下は厳しい。結局ハング下で垂壁から庇に乗り移るとき、ハーケンの間隔が遠くてアブミに体重を乗せるときに体が大きく揺られてしまい、下に残したアブミ1ヶは回収不能となってしまった。
(3P目 遠藤)
アブミビレーのポイントより垂壁を人工で左上してゆき、途中に2ヶの小ハングを越してゆくとさらに全体にかぶり気味の壁が続く。ここがダイレクトルートの核心部言っても良くこのピッチは自分でも特に思いで深い場所である。1977年10月このダイレクトルートを同じ会員の高橋氏と初登したとき、2P目の大ハング以上にてこずったのがこのかぶり気味の壁だった。大ハングは張り出しが大きく高度感もあり、かなりダイナミックなムーブを要求される厳しいピッチだが、庇の下にクロモリハーケンがよく効いてくれたので安定感があった。ハングの出口のボルト打ちは激しく体力を消耗したものの、何とかハングの突破は出来た。
ところが3P目になるとルートは広めのリスを求めながら、ハーケンの重ね打ちとタイオフを繰り返しながら所々ボルトを打って小ハングを越してゆく。当時フレンズ、ロックスさえない時代だったので、広いリスに長めのクロモリハーケンとウエーブハーケンを騙すようにして重ね打ちし、そっとアブミに体重を移動させながら少しづつルートを伸ばしてゆく。しかし不安は的中してブッシュ帯に逃げる最後の垂壁でハーケンが抜け6m程落ちる。この上は垂壁にへばりついた黒伏山特有のかぶり気味の藪を腕力任せで登り、へとへとになりながらこのピッチを終了した。今はハーケンも打ち足され、ボルトも多くなったようで少し登り易くなったようだ。
遠藤さんは実に安定したペースでフレンズ、ロックンローラーをセットしながらリードしてゆく。ブッシュ帯下のボルトでアブミビレーしてピッチをきる。大ハングでもそうだったが、何より大変なのがザックの荷揚げだ。大変な労力と時間を要するので全く嫌気が差してしまうが、この先快適なビバークをしようと思えば仕方が無い。
風の踊場の雪壁を掘り返し快適なビバークサイトにする。
(4P目 遠藤)
垂壁からかぶり気味のブッシュにルートを求める。この垂直ブッシュ登りは黒伏山のピークに立とうと思ったら決して避けてとうれない関門なのだが、重いザックを背負っての木登りとなるとへとへに疲れてしまう。さっきまで晴れていて壁の雪や氷が溶け出して手袋とジャケットが濡れてしまったかと思うと、今度は雪となり体と手が冷えてくる。幸いにも南壁のためか風が吹いてもあまり強くなく、何とかしのげる状況だ。20m程ザイルを伸ばした所でザイルの伸びが悪くなり、ここでピッチを切る。
(5P目 遠藤)
ブッシュ対を超えると急にザイルの流れが良くなった。いよいよ風の踊り場への最後の雪壁に差し掛かったようだ。ザイルをフィックスして各自ザックをかついでユマーリングをしながら登る。急なブッシュにザックが引っかかってしまい、体力を消耗するだけでなかなか前に進まないが、ビバークサイトが目の前のため体力を振り絞ってFixを登る。下からバイクの音がするのではるか下の林道に目をやると、物好きな人が一人雪の林道で格闘している。船形山方面に向かっているので登山者か?それとも酔っぱらいか?物好きな人間は我々の他にもいるようだ。
風の踊り場では雪壁を大きく削り取って大テラスを建設。ハングしたの大テラスには及ばないものの、4人が何とか横になれる程度のホテルに仕上がって一安心。ガチャを整理してツェルトをかぶり、とっておきのウィスキーで乾杯。ほろ酔い加減になって座り込んだ遠藤さんは、夕メシを前にしてもう眠り込んでしまった。
1月1日(風雪)
快適なビバークですっかり眠り込んでしまったが、気が付くとツェルトは雪が積もって頭と背中に雪がたまり、かなり窮屈な状態になっていた。昨日とはすっかり異なり雪の量が多くなり、ツェルトを空けると外は降雪で廻りの視界はほとんど利かない。それででも急いで身支度を整え、ガチャを身に付けて外に出る。
ダイレクトルートの上部に眼をやると、昨日と壁の状況は一転して雪のため真っ白になっていた。特に中央ルンゼの雪壁は不安定な軟らかい雪が多量に溜まっており、今にでも下の取り付き点まで一気に崩れ落ちそうな模様だ。「今日は止めましょう」と思わず遠藤さんに言いたくなったが、遠藤さんはしばらく上部岩壁に目をやった後意を決したようだった。ルートは中央ルンゼの急な雪壁を左にトラバースして、ダイレクトルート上部に取り付く。ここから先は遠藤さんもはじめての領域であり、やはり全員が緊張する。
(6P目 遠藤)
風の踊り場より左上して急な雪壁を登りランニングビレーポイントを目指すが、昨夜の雪が腰以上に深くなかなかはかどらない。頭上の中央ルンゼからは絶え間なくスノーシャワーが激しく降り注ぎ、実に久しぶりに味わう冬本番ルート独特の緊張感が漂う。一歩一歩慎重にザイルを伸ばすが、ビレイしながらザイルを握る手に思わず力が入る。
5m程進んだころ突然遠藤さんの足元から一瞬にして雪崩が発生し、厚さ50〜60cmの雪が足元から滑り落ちるように崩れ去り、雪の大きな塊となって一気に取り付き点まで落下していった。しかし遠藤さんはピッケルとバイルで体を支え、かろうじて流されずにすんだ。すぐにビレー点まで戻り今日の登攀は中止とする。
遠藤さんは冬季ダイレクトルートにトライし、単独を含めて過去何度か風の踊り場まで到達しているが、いつもここで追い返されているという。このルートは決して容易く登らせてくれないという話は、当事者だけが知る実感がこもっている。この時点で長期戦を覚悟する。果たして今回は登れるのだろうか。
足元から亀裂が入り雪崩れる。 雪の締ったミックス壁にダブルアックス決まる。
1月2日 (曇りのち雪)
重いザックの荷揚に予想以上の時間がかかり全体のペースがはかどらないため、4個のザックを3個に減らし、最低限のビバーク用具、食糧で上部岩壁に挑む。残りのザックは風の踊り場にデポする。昨日とはうって変わって朝から晴天。ダイレクトルート上部は今までの人工とは一変して氷、草付にルートを求めるダブルアックスの領域となる。ルートは急な雪壁を左上して大きなクーロアール状の壁に入り、左の凹角に取り付いて直上し、途中アブミトラバースして右に戻りハング下のバンドを目指す。
(6P目 遠藤)
昨日とは異なり今日は塵雪崩も全く無く、快適に締まった雪壁を左上して中央ルンゼ上部核心入り口のビレーポイントでピッチを切る。いよいよここから先がダイレクトルートの核心部にふさわしいルートが始まる。上部に目をやると、頭上のクーロアールが我々の挑戦を跳ねつけるように大きく立ちはだかる。ここから先は今までとは様子が一変して、凍りついたブッシュと氷、岩のミックス壁が続く。ラインは左の凹角沿いに一部アブミトラバースを交えながら直上し、上のバンドを目指して核心部を突破する。
(7P目 遠藤)
凹角の入り口までは不安定なブッシュにランニングビレーを取りながら、氷と草付にピッケルとバイルノコンビネーションでリード。予想ではこの8ピッチ目がもっとも手ごわいと思われたが、けっこう凍った草付が締まっており、遠藤さんのピッケルとバイルか見事に決まりペースがはかどる。ハング下のボルト、ナッツでビレーオフ。この7ピッチ目は初登のときのルートと違っているのが以外だった。初登ルートは左手の凹角に入らずに、手前を右にトラバースしてからちょうど浮き上がったような階段状のフェースをフリクションで直上し、ビレーポイントのアブミトラバースのところで一致する。夏は快適なフェースだが、冬はダブルアックスが使えそうにも無いので難しそうだ。
風の踊場を見下ろす。 8P、核心部を抜ける。
(8P目 遠藤)
上部核心部を抜けた後、バンドの左へのトラバースは雪が多く、しかも頭がつかえそうで意外と登りづらい。フレンズ,ロックンローラーを使い左にトラバース、廻り込んだところでバンドを左上してA1の人工に入る。初登時はボルト1本で右に大きくトラバースしたが、今はボルトが4本連打された直上のラインを登る。
(9P目 大石)
ここから先は傾斜も幾らか落ちてブッシュも多くなり、垂直の木登りが連続する体力任せのルートが続く。最初遠藤さんがリードしようとリードし始めたが、ダブルアックスの出だしでなかなか踏ん切りがつかずいったん降りて小休止。すると後から「遠藤さん登ってもいいですか?」と大石の声。重荷にあえぎながらユマーリングしてきたばかりの大石だった。
トップを大石にバトンタッチ。確保用のボルトを1本打ち足してスラブにランニングビレーを取りながら右上してゆく。このピッチから壁の傾斜はいくらか落ちて、多少なりとも緊張感がほぐれてきたが、雪と氷のスラブ、そして黒伏山特有のブッシュとの格闘が続き意外と手ごわい。この先適当なビバークサイトもなさそうなので、今日は9ピッチ目の終了点でビバークとする。ピッケルでブッシュ混じりの急な雪壁にテラスを作ろうとするが、木の枝が出てきてとても満足できるようなスペースは出来ない。結局4人がやっとこ仕掛けることができる程度にはなったが、極端に狭く、お互いの体が圧迫されて狭く、呼吸するのもつらいほどのつらい状況。シュラフも無く夜は宙に浮いた足元から冷え込んで寒く、辛くそして長い悪夢のようなビバークとなる。
垂直に近いブッシュとの格闘が続く。 ユマーリングでの荷揚。
1月3日 (晴れのち霙)
(10P目 大石)
ビバークしている間みんなの体がずり下がってしまい、ハーネスにぶら下がった状態でとても窮屈で惨めな一夜を過ごしたが、それでも全員の登高意欲だけは決して落ちることは無い。ここまで来ると目指すピナクルは目前となった。何が何でも完登しなければならない。問題はこの先の天候と時間。この先はスピードアップの為、ビバーク用品、余計な食糧、装備を全てデポし、全員殆ど空身の状態で登り始める。トップバターは一番元気な大石が勤める。ブッシュ混じりの雪壁を左上してカンテ状の岩壁の基部でビレーオフ。傾斜は落ちてきたものの、相変わらず腕力を酷使する登りが続き時間がどんどん過ぎてゆく。
(11P目 遠藤)
無雪季にはV級の細かいホールドを使って登る快適なフリークライミングのカンテだが、ここは躊躇することなくボルトを連打の人工で7本を埋める。静かな冬の岩壁にボルトを打つハンマーの音だけがこだまし、時間だけががゆっくり過ぎてゆく。カンテの向こう側にトップの姿が消えると再びブッシュとの格闘が始まる。ピッチは短いが、上部ブッシュの為、ザイルの流れを考え、20mでピッチをきる。傾斜が少なくなると今度は、ブッシュに溜まった軟らかい雪の塊に行く手を阻まれ、意外とてこずってしまい時間がかかる。
細かいフェースはボルトを埋めて突破する。 すばらしい高度感を満喫。
(12P目 遠藤)
ここまで来ると壁の傾斜も落ちてきて、精神的な重圧感から逃れられ順調にザイルが伸びだす。4人全員が殆ど空身のため、上部にピナクルが見え出すと俄然勢いが増してくる。この頃になると天候も悪化してきていて霙混じりの風が強くなり、確保していると体中が冷えてきて辛い。ブッシュ混じりの雪壁を直上して1〜2人はビバークができそうな洞窟でピッチを切る。
(13P目 遠藤)
洞窟より左にアブミトラバースの後、雪のバンドを左上して最後の一枚岩の基部に達する。ここから見ると頂上はすぐ手の届きそうな所に見え、これで完登の確信がみんなに沸いてくる。トップの遠藤さんより三十路コールがかかりピナクルが目前となった事を知る。長く遠い道のりにようやく終止符が打たれると思うと、これで壁の中からやっと開放されるという実感がこみ上げてきた。
(14P目 遠藤)
ダイレクトルートは左にトラバースしてフェースを登るようだが、雪がついていて悪く、また下が切れ落ちており断念し、いったん戻って三十路ルート最終ピッチのピナクルの攻略A1に取り掛かる。8mほどのフェ−スにボルトが連打されていて我々を頂上に導いてくれる。
A1から左のトラバースが悪いが、その後はピナクルのてっぺんに到る傾斜の落ちた雪壁。そしてついに念願の黒伏山南壁ダイレクトルートの終了点に立つ。2:45PM.頂上での堅い握手。登攀が終了する頃には天候が悪化してきて、体に霙混じりの強い風がたたきつける。
頂上では写真をとって簡単な儀式を済ませ、時間に追われるようにして下降の準備を始める。登ったという実感と感動もあまり無いまま、すぐさま下降に取り掛かる。下降路はダイレクトルートをアプザイレンで風の踊り場まで降りてゆく。途中12P目のA1フェースでザイルがブッシュに引っかかり、回収にさんざん苦労する。風の踊り場からはヘッドランプをつけて雪壁を下降していく。遠藤さんは中央ルンゼルートを知り尽くしており、何処の雪を掘り出せば下降用のボルトがあるのか頭の中に入っている。下降路には絶対の自信を持っているので、暗くなっても全く不安を感じない。12回のアプザイレンの末、やっと中央ルンゼの取り付き点に戻ることが出来た。すっかり暗くなってしまったが、そこにはサポートで一人上がってきた板坂氏が我々を待ってくれていた。あったかい紅茶と食糧をいただき、疲れきった体を休ませることが出来て、こんなときは本当にありがたい。
<おわりに>
ダイレクトルートの初登から16年もの長い年月が過ぎた今、再び冬に帰ってこられたのは全くの幸運であった。しかも結果的には冬季初登。自分でリードこそ出来なかったのは残念だが、それも仕方あるまい。フリークライミング全盛にこの時代に冬季本番ルート、しかも4ビバーク5日間も要するクライミングスタイルは少し時代遅れかもしれない。しかし遠くて長い困難なルートであればある程、それに伴う充実感は何にも例えようが無い。厳しくて辛いビバークも今となっては楽しい思い出の一コマに過ぎない。
しかしながら遠藤さんはさすがに場数を踏んだ、キャリア豊富な実力派のクライマーである。厳しいピッチでもクライミングをエンジョイしようとする余裕すら感じられる。尚付け加えて言うならば、この冬季ルートは1P目から6P目の雪壁までは初登ルートと同じだが、7P目から上部初登ルートとは大幅に異なる。初登ルートは7P目の階段状のフェースをフリークライミングで直上してハング下でピッチを切る。8P目はハング下のバンドを左にトラバースしてブッシュに入り、ここからボルト1本で右にトラバースしてスラブを横切る。この先はスラブとブッシュのコンタクトラインを直上し、ブッシュに入ってからはただひたすらピナクルを目指す。
結局の所ダイレクトルートの上部ルートは遠藤さんのオリジナルルートということになり、初登ルートは未踏のまま残されたということになる。最後に入山前のアプローチから下山まで、たった一人で我々4人を強力にサポートしていただいた板坂氏に、心から感謝しながらこの山行報告を終わりたい。
平成5年1月16日
坂野